聖書にはユダヤ人たちの暮らしが登場しますが、私たち日本人には馴染みが無く、イメージしずらい文化も少なくありません。今回は、そんなユダヤ人たちにとって重要とされている「祭り」の文化に焦点を合わせて解説してみたいと思います。中でも、聖書のあちこちに記述がある「過越(すぎこし)の祭り」について、詳しく見ていきたいと思います。
目次
過越の祭りについて見ていく前に、旧約聖書にある祭りにはどんなものがあるか、簡単にご紹介します。旧約聖書には、春の4つの祭りと秋の3つの祭り、合計7つの祭りが登場します。
ユダヤ暦の年の始まりである第1の月(ニサン)の、14日目に行われる。新年を祝い、イスラエル国家の誕生を記念する祭り。
過越の祭りでは「過越しの食事」を行う。イエスと弟子たちによる「最後の晩餐」は、この過越しの食事であった。
一般的に「過越の祭り」は8日間とされているが、正式には「過越の祭り」は1日で終わり、その翌日からの7日間は「種なしパンの祭り」とされている。
過越の祭りの後に来る最初の安息日の翌日(つまり日曜日)。
初穂の祭りから50日後の日曜日。
ユダヤ暦の7月(ティシュリ)の第1日。安息月。
第7の月(ティシュリ)の10日。
第7の月(ティシュリ)の15日。
過越の祭りの由来は旧約聖書の出エジプト記(1~15章)に記載があります。
旧約聖書によると、エジプトで奴隷となったユダヤの民は、その重労働からのがれられるように神様に祈り、神様はユダヤ人をエジプトから解放するためにモーセを召命しました。
モーセは神様との対話のなかで、神様からの使命を確信して、エジプトに戻り、兄アロンとともにエジプト王ファラオに会って、ユダヤの民を解放するように訴えましたが、ファラオは聞き入れようとはせず、ますます重労働を課し、それ故、モーセとアロンはユダヤの民からも反感を買います。
神様は、モーセにユダヤの民をエジプトの国から導き出すようにはっきりと語られ、ファラオの心を頑なにして、あえて十の災いを体験させて、最後にはファラオにユダヤの民はエジプトから出て、ユダヤの神に仕えるようにと言わせたのでした。
十の災いは以下のとおりです
最後の災いの前に、神様はモーセに次のように示されました。(出エジプト12:1~13:16)
そして、神様は言葉の通り、ファラオの子供を含めたエジプト全土のすべての初子の命を取り、ファラオは、初めて心を動かして、モーセに、ユダヤの民はエジプトから出ていくようにと言ったのでした。
この、ユダヤの民が、扉に印をつけて、その災いを受けずにすんだ、「過ぎ越した」事を記念して行われる祭りが、「過越の祭り(ペサハ)」と言われるようになりました。
ちなみに、この災により長男を失ったエジプト王ファラオは、解放を許してからわずか3日で、自分の下した判断を悔やんで、軍隊を率いてモーセたちユダヤの民を追い詰めようとします。そして、モーセたちが紅海に差し掛かったとき、モーセは杖を上げて海を分割して、ユダヤの民のために逃げ道を作ります。これが有名なモーセの海割になります。
ユダヤの民が無事に通過した後、モーセは海をもとに戻し、追いかけてきたエジプトの軍隊を海に沈めます。その後、ユダヤの民は、40年間砂漠で神様の試練を受けた後、約束の地にたどり着くことになります。
過越の祭り(ペサハ)の一週間は、発酵食品を食することを禁止されます。これは、エジプトから脱出する際に、ユダヤの民はパンを発酵させる時間もなかったことに由来します。
現在のイスラエルでは、発酵食品は「ハメツ」と呼ばれます。過越祭りの最初の準備では、このハメツを捨てたり、燃やしたりする光景が、町のあちこちでみられます。
過越の祭りの期間中は、発酵食品(ハメツ)の販売が禁止されるために、スーパーでも売り場のコーナーがカバーで覆われてしまいます。
過越の祭り(ペサハ)は、第一目の夜、「セーデル」と呼ばれる晩餐から始まります。「セーデル」とは、上記のエジプトを脱出し、奴隷から解放され、イスラエルへたどり着くまでの期間を忘れないようにする、それぞれ意味のこもった食べ物を決まった順番で食する儀式です。
この「セーデル」と呼ばれる晩餐には、親戚や友人があつまり、「ハガター」と呼ばれる「出エジプト」にまつわる書物の15の式次第にのっとり晩餐が進められるのです。
「ハガター」は多くの出版社から、多くの種類が発行されています。
しかし、基本的には同じ内容で、過越の祭りの式次第、出エジプトの物語、過越の祭りの解釈、歌の歌詞、お祈りの言葉などが記載されています。
3つの重要なアイテムは、セーデルプレート、マッツアー(種無しパン)、ワインです。
これには、それぞれ意味があり、古代ユダヤ人の司祭とされるコーヘン、司祭を支援するリバイス、そして残りのユダヤ人を意味します。
セーデルでは4杯のワイン(子どもはぶどうジュース)を飲みます。
これは神がイスラエルの民をエジプトから解放すると告げた時に語られた、以下の「4つの約束」を覚えるためのものです。
①エジプトの労役から導き出す
②奴隷の務から解放する
③大いなるさばきをもってあなたがたを贖(あがな)う
④あなたがたをわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる
それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい、『わたしは主である。わたしはあなたがたをエジプトびとの労役の下から導き出し、奴隷の務から救い、また伸べた腕と大いなるさばきをもって、あなたがたをあがなうであろう。
わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。わたしがエジプトびとの労役の下からあなたがたを導き出すあなたがたの神、主であることを、あなたがたは知るであろう。
(出エジプト記6:6-7)
4杯の杯は、それぞれ
①感謝の杯
②喜びの杯
③贖(あがな)いの杯
④聖別の杯
とされています。
ここまで、ユダヤ教における過越の祭りを見てきました。旧約聖書の出エジプト記によるユダヤの民がイスラエルに到達するまでの、多くの苦難と神様の導きを忘れないようにするというのが過越の祭りで、今日まで続いています。
さて、イエス様が弟子たちと最後の晩餐を囲んでいたのも、過越の祭りの「セーデル」でした。当然、「ハガター」の式次第にのっとって食事が進められたはずです。
しかし、イエス様は、過越の祭りの意味を大きく替えて、今日教会で行われる聖餐式の意味づけをされました。
一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取れ、これはわたしのからだである」。また杯を取り、感謝して彼らに与えられると、一同はその杯から飲んだ。イエスはまた言われた、「これは、多くの人のために流すわたしの契約の血である。
(マルコ14:22~24)
出エジプトの後、ユダヤの民は、シナイ山で神様との契約を結びました。この記憶を継承する過越の祭りの最中に、イエス様は、これから流される十字架でのご自身の契約の血をもって、私たち罪人は買い取られて罪が赦されるということを、弟子たちに示唆されました。
弟子たちは、この時どこまでイエス様の意図を理解していたかわかりませんが、新しい神様との契約が粛々と進んでいたことがわかって頂ければ感謝です。
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